Tsuzuru

ショートストーリー

雨のある日。
お客さんが図書室にいらっしゃいました。
篠原紙工に普通に出入りしていそうな雰囲気の方だったのでおそらくデザイナーかと思われる。案の定、熱心に本を観察しておられました。途中、何度か私から本の説明とかしようかな..とも思ったのですが、まずはお一人でじっくり見るのが良いかと思い、そうっとしておきました。

この日は大雨だったのですが雨音がやや静かになった頃、会話のきっかけをつかもうと「雨止んできましたね。」と私が話しかけると、お客さんは文具コーナーを見ていました。私も愛用している印刷加工連の文具たち。

「これ、ここで買えるんですか?」
「もちろんです。」
お客さんが手にしていたのは封筒。
商品の特徴やどんな方が買われ、どんな風に使っているかなどの小話をしました。
私の知る限り、お客さんは封筒を買うからといって必ずしも便箋もセットで買うとは限らない。
封筒だけの人もいれば、便箋だけの場合もある。
みなさまそれぞれ手持ちのものと組み合わせているのでしょうか。
何より、今は手紙を書く人は減っているでしょうから、セットで買う方が珍しいという印象があります。

ですが、
お客さんは封筒と便箋を両方をご購入されました。
しかも金箔カラーの方を。
ほう…男性で金色の便箋と封筒を買うとは。
なかなか珍しい。
なんか素敵だな。
誰にお手紙を書くのかな。
ガールフレンド?奥さん?恩師?
あ、お客さんへのお礼状…?
なんて勝手に想像を膨らまし、
慣れないタッチ決済の準備しながら、商品を今一度、柔らかい布で清める気持ちで拭い、素敵な手紙になりますようにと願いを込めてお渡ししました。

誰に手紙書くんですか、
なんて聞けないよなと思いながらも
「手紙、いいですね。」
と私が一言伝えると、

お客さんの方から
「実は妻の誕生日なんですよ、それで手紙を書こうと思って。」

私(!!!!)「えー!いいですね。お誕生日に金箔の便箋ぴったりです。きっと奥さま喜びますよー。」

「でも、実は今ケンカしてて…。4歳の娘がいるんですけど、娘ができてからよくケンカするようになってしまって。」

「あぁ…。よく聞きますよね。私の友人も子供がまだ小さくて、ご主人と5日間話してないとか言ってました。女性はまだ子供が小さいとも気持ちにもアップダウンがあるのかも?しれないですよね。」

「 (アップダウン) それ感じてます…。それで誕生日に手紙でも書こうかなと思って」

(素敵すぎるではないか…。小涙でそう。)初めて会った私にそんなプライベートなお話ししてくれるなんて、しかも奥さんへの想いが私にも伝わってくる。なんて素直で優しい方なのだろう、と心から応援したくなってしまいました。

図書室のガラス戸を開け、最後お見送りをする際に、
「奥さん、きっと今大変なんだと思います。でも手紙もらって嬉しくない人、特に女性はいないです。もし、嬉しくなさそうだったら、それは単に照れているか素直になれないだけです!大丈夫ですよ。」と断言させていただきました。

「そうですかね、それを信じてみます。」

大雨の後、空はどんよりとしたチャコールグレーの雲で覆われていましたが、
空気は清々しく、お客さんは傘を広げることもなく図書室を去っていきました。
誰かの想いのやりとりの手段として自分たちの商品が使われる、シンプルにただただ嬉しい。
良い誕生日が迎えられてますように。


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