8月も終わりで

みなさんいかがお過ごしでしょうか。篠原紙工のお盆休みは約9日間でした。「どうせ歯抜けで休みになるようなら全部休みにしちゃえば?」という社長のひとことで休みになったとか。お盆中は図書室も閉めたので私も久々土曜日が休みだったせいか夏休み感がありました。
9日間なんて、普段過ごしていたらなんてことない日数なのに、いつもいるメンバーと9日間会っていないと、ふとした時に「みんな元気かな」なんて思ったりもします。夏だから子供や犬と海や川に行ったりして、事故とかケガしてないかな、そんなことも頭をよぎったり。笑
でも、そんなことをふと思うということは、相手がどうであれ、自分の中では今いる篠原紙工のメンバーが自分の人生にしっかりと関わっているということだよな、とも感じました。連絡を取り合うわけではないけれど、各々が楽しんだり、リラックスして休んで、休み明けにスッキリした表情を見れたらいいなと思ってました。
篠原紙工の日常のあれこれやお昼をみんなで食べていることなどを話すと、「会社の人たち仲良いですね。」と言われることがあり、そう言われるととても嬉しいのですが、仲が良いからお昼を一緒にしているのか、仲良くなるためにお昼を一緒にしているのか、どっちだ?とも考えます。素直に両方かな、とも思うのですが。
そもそもで振り返ると「仲良くなる」ということを意識してお昼をしているわけではなかったという方が正しいかもしれない。漠然と一緒に遊んだり、プライベートや趣味で繋がって仲良くなることを目指すというよりも、仕事や日常の些細な出来事や会話からお互いに信頼関係をつくって言いたいことを言える環境をつくっていくことのほうが大事だと思っていました。共通の趣味などない、遊びや行動を一緒にするわけでもない、(もちろんしてもいいのですよ、できたらより良き)付かず離れずがベースだけども価値観を共有できていざという時にしっかり助け合える。篠原紙工の職場関係の枠を構築しようとしていた時に基準にしていた一つの理想像はこんな考えだったことを思い出します。でも今は社員の平均年齢もかなり若くなったし、もう少し「遊び」を取り入れて遊びから得られることに注目するのもいいな、とこれを書いてて思いました。
仲が良いかは置いておいて、仕事の緊張感から解放されてる夏休みの中でも、職場の人たちのことをふと思い出して幸を願い想える相手がいることはなかなか幸せな職場環境にいるんだなと私個人は改めて感じています。8月ももうそろそろ終わり、2025年の後半もみんなで苦楽を共にして駆け抜けていこうと思っています。